さよならジェラシー
SNSが社会のツールになって何年経つでしょうか。世の中で起こっている喧騒が、SNSを介してシェアされてしまえば、後になってそれが大きな過ちであったとしても、取り返すことが出来ないことをどれだけの人が理解しているでしょうか。ツイッターをSNSの主流に押し上げたのは米国のトランプ大統領(フォロワー数が5200万!)ですが、個人のさえずった言葉があっという間に世界を席巻するような事態に発展するなんて20世紀には想像できませんでした。このツールを上手に掴みとって米国の大統領選を見事にトレースしたのが東京都知事選に圧勝した小池百合子氏でした。小池氏は2016年夏の知事選でSNSを駆使した選挙戦を展開、291万票以上を獲得して都知事に当選、就任後は自身の資金集めと勢力の構図をひっくり返すために政治塾まで立ち上げたのでした。小池氏の煽動術は都民はおろか、国民のマインドまで強力に動かされるほどにエスカレートしていきますが、2017年10月に行われた衆議院選挙での不出馬から大きく躓いていく過程はドラマ以上にドラマチックに展開、同じ時期から勃発している豊洲移転問題は、それまで自治体と企業が合意していた官民一体のビジネスを根底から覆した小池手法が、今批判を集めています。企業が主張するビジネスライクの原理原則を自らの我儘で押えこもうとする知事を支持する都民は今や少数派だと思われますが、大人の嫉妬といじめが見苦しく見えるのは、妬み嫉みがエゲツないことにあります。人は50歳を過ぎると「今のままでいい」人と「新しことを始めよう」と考える人に別れていくと言われますが、地方では前者が圧倒的に多くて鼻じらむばかり。「身内や親戚、同級生を中心にした人間関係に甘んじていると老け込むだけだ」と深みにはまる前に私がとった行動は、公私共々の「断捨離」でした。この行為を後押ししてくれたのが冒頭のSNSだったのに、そのSNSさえも今の私には「妬み嫉みのジェラシー」となって自身の琴線に絡みつくのです。厄介なのはそれが「見ざる聞かざる言わざる」果ては「自意識過剰」と揶揄されること。人生は一度きり、50歳を過ぎたら老けないための挑みを試みましょう。3分でわかる!豊洲移転問題。
https://www.youtube.com/watch?v=mCbjHwKzciU
2018年05月30日 16:02