怪人二十面相の快感
この私の肩書は今でこそ一つですが、業界で仕事をしていた時代は何種類もの肩書き(役柄)を纏って怪人二十面相宜しく、縦横無尽に動き回っておりました。当時の私は自分でデザインした名刺を、相手によって肩書きを大きく音楽部門と映像部門に振り分け、ある時は代表取締役の肩書きで、仕事全体を仕切る時はプロデューサーとして、イベント演出等はディレクターの名刺を渡していました。企画だけ噛んでいる時はプランナーというのもありました。この世界に許認可とか資格がある訳ではありません。「本日只今より私は音楽ディレクターです」と相手に名刺を渡した瞬間にそうなるのです。簡単に言えばメタモルフォーゼ「全く違う状態にする、化ける」でしょうか。取引先での打ち合わせから化けるのですから、とびきり上手にしなくてはいけません。この展開は私の性分にうまく合致します。スタッフや知っている関係者の人もダブルブッキングさえ回避していればと目をつぶってくれていた様でした。そのお蔭もあって、知識と経験を最大限に生かしながらの「感性仕事」が出来たことを、当時のプロフィール(会社の宣伝材料)が示しています。でも仕事の範囲が広く奥深くなっていくと、肩書きがうっとうしくなる場面に遭遇します。これは自分を縛るだけだと実感した私は、途中から肩書なしの名前のみの名刺で仕事をするようになりました。案の定、制約なしのグローバルな仕事の時には、非常に動きやすかったですし、業界の大きな仕事のオファーがくるようになったのは、皮肉にもそうした一連の肩書きをはずした後でした。名刺というのはオーバーに言うと、人生さえ左右しそうで怖いものです。江戸川乱歩の創作した架空の大怪盗は、現金にはあまり興味がなく、高価な美術品を盗むのが本来の目的。この私がマスコミ業界で盗めたものは、手にとって身につけられる「生き様」でした。
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