「取っ払い」にサインを
とっぱらい(取っ払い)は、業界用語の一つで、当日に現金(キャッシュ)で支払うことをいいます。私がマスコミ関係の仕事をし始めたのは1986年。それ以前の私はと言えば、自身の夢を自ら封印してしまった後悔の日々が続いていて、そこからの脱却先が西麻布にある音楽出版社への中途入社だったのです。ようやくマスコミの端くれとして華やかな仕事が出来ることになった私の最初の仕事は電話番。「ハイ〇〇音楽出版です」「コロムビアレコード○○ですが、○○さんとのレコーディングの打ち合わせはいつ?」「あ、えーっとですねー」所属している作曲家のスケジュールを把握していなかった私は大事な打ち合わせ日を言えません。ほどなく社長から大目玉をくらったのですが、業界用語がバンバン飛び出してくる受話器の向こうで、全方位対応が必要な電話番の仕事をまともに出来ないことに落胆する暇もなく時間は過ぎます。その中で、最も印象に残るワードが「取っ払い」と呼ばれた現金払いシステムでした。私のいた音楽出版社では、CMオファーを受けたレコーディングのほとんどが、港区飯倉片町にある「サウンド・シティ」。当時のCM音楽の主流は、スタジオミュージシャンによるレコーディングが中心で、打ち込み音楽はまだ創生期。弦楽器と管楽器+4リズム構成でレコーディングが終わると、私は演奏料が入った茶封筒を持ってスタジオのドアの前で待ちます。出てくるミュージシャンに「どうもお疲れ様でした」と言いながら一人一人に封筒を渡します。中にはお金の他に領収書が入っていて、それに住所と名前を書いてもらうのです。演奏料はピンキリで一番低くても5並び(1986年当時)でした。管楽器の中ではトランペットが一番高かったように記憶しています。本人に直接渡す現金支払いは、大勢の場合になると大金になり緊張したものですが、スタジオミュージシャンにとっては数をこなさなければ死活問題、故に売り込みもあったようです。CM音楽30秒15秒のレコーディングの後はトラックダウンという大きな仕事が待っています。最後の仕上げなのですが、レコーディング中は黙ってソファに座っていた広告代理店の担当者も口を出してくる、いかにもドラマになりそうな場面を地でいっていました。
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